失敗続きからファンタジー作家になるまで
(夢のない高橋宣孝物語?) その1

幸せにも25年以上、机にしがみついて(ある人から見れば)   絵ばっかり描いてきました。ですから井の中のなにやらで 世間的な常識には大分、乏しい様です。   

なぜこの仕事についたのか?ですか。   

大学受験のときには、新聞記者になりたくて恐ろしくも早稲田の政経を受けたのですが見事に桜散るでした。

今から考えれば、このことがラッキーだったのですね。それで浪人か就職かになって 家の事情もあり就職することになりました。  その時初めて自分は一体何が好きなんだろうと真剣に考えました。

そしてパッと頭に浮かんだのは、絵を描く事。

その頃同居していた従兄弟(4才年上でとっても 好きなお兄さんでした)がとても絵がうまくて、いつも絵を描いているのを横で見ていました。  

 私が小学校4年生の時、従兄弟がスーラ−(印象派の画家)   の様に点描で風景画を描いていたのをまねて 写生の時間に神社を点描でバタバタ描いていたら、先生に偉く誉められクラスで評判になったこと。      

人に誉められるということは、すごい力を生む、基ですね。

このような、かすかな自信?を頼りに 少しでも絵に関係ある就職先を探そうと 思いました。でも京都ですから?なかなか希望する様な 会社はなくて、着物や洋服の図案を描く会社に就職しましたが 、2年目頃から会社内の年功序列型の徒弟制度的な雰囲気や伝統産業ゆえの堅苦しさにも耐え切れず、夜間のデザイン学校でグラフィクデザインを勉強することにしました。   

昼は会社、夜はデザイン学校と、少し忙しくなりましたが充実した時期でした。あまり面白くなかった会社でしたが 収穫はありました。それはエアーブラシの技法と筆ぼかし(2本の筆を同時に持ち絵の具をぼかしたり、にじませたりする)の技法を習得出来た事です。 その後デザイン学校を修了と同時に勤めて いた会社を退社、いよいよデザイン業界に転職することに。

 


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