失敗続きからファンタジー作家になるまで
(夢のない高橋宣孝物語?) その2

幸せにも25年以上、机にしがみついて(ある人から見れば)   絵ばっかり描いてきました。ですから井の中のなにやらで 世間的な常識には大分、乏しい様です。   

 いざ転職。

でもその道は安易なものではありませんでした。

新聞の求人覧でデザイナー募集と言う文字を見つけては手当り次第電話して面接に行きました。  

でも仕事の内容は、と言うと看板のデザインやテキスタイルデザインだとかで、自分のやりたいグラフィクデザインの求人はなかなか見つかりません。  

少し希望をなくしかけていた頃 、大阪の広告代理店に勤めている従兄弟(前回登場)から 知り合いの紹介で

大阪芸大建築学部のT教授(ご迷惑に思われるかもしれませんので、匿名に)のアトリエに空きが出来たからどうか?と夢の ようなお誘い?    

アトリエの所在地は大阪、心斎橋筋商店街のど真ん中、心ぶら街つきあたり。  その頃は自宅通勤でしたから、京都の田んぼに囲まれた、ど田舎から大阪でも一番人通りの多い心斎橋まで通勤時間、片道約2時間の生活が 始まりました。

 

 
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